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六十余州名所図会 隠岐 焚火の社
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

六十余州名所図会 ・ 44

隠岐 焚火の社

ろくじゅうよしゅうめいしょずえ おき たくひのやしろ

Famous Places in the Sixty-odd Provinces: Oki Province: Takuhi Shrine

隠岐国(島根県)の島前の海で、荒波を切って進む大きな船を描いた図です。船の舳先を画面の右に大きく置き、左上の岸には、航海の守り神として知られた焼火神社の山の木立がのぞきます。

制作年
嘉永6年(1853年)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
六十余州名所図会(全69図)
描かれた場所
焼火神社(島根県)

作品について

画面の右に大きな和船の舳先が迫り、舳先には房飾りが二つ立っています。船上では赤い着物の船乗りが綱を手にしていて、船体は波を割って進みます。手前には白い波頭が大きくうねり、左上の岸には岩と木立が重なります。

海面を細かな波線で埋め、波頭の白と深い藍の対比で荒れた海の勢いを表しています。船を画面の端で大きく切り取り、岸を遠くに置く大胆な構図で、見る人も船に乗っているかのような視点です。

焼火神社は隠岐の島前、西ノ島の焼火山にある神社です。夜の海で迷った船を神の火が導いたという言い伝えがあり、江戸時代には北前船などの船乗りから航海の守り神として信仰されました。隠岐は日本海を行く船の通り道にあたり、島前の内海は風を待つ船の泊まりとして使われたと考えられます。

題は社ですが、社殿より海と船を主役にしたところに、この図の新しさがあります。メトロポリタン美術館や東京国立博物館にも刷りがあり、国立国会図書館の刷りも同じ構図です。

描かれた場所の今

焼火神社は焼火山の中腹にあり、岩壁に半ば埋まるように社殿が建っています。本殿は享保17年(1732年)の建築で、通殿・拝殿とともに国の重要文化財です。港から山道を歩いて参拝でき、境内からは島前の内海を見下ろせます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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