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六十余州名所図会 豊前 羅漢寺下道
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六十余州名所図会 ・ 61

豊前 羅漢寺下道

ろくじゅうよしゅうめいしょずえ ぶぜん らかんじ したみち

Famous Places in the Sixty-odd Provinces: Buzen Province: The Road below Rakan Temple

豊前国の羅漢寺の下、川沿いの岩壁を掘り抜いた道を描いた図です。茶色の断崖にいくつもの穴が開き、その中を旅人が通っていきます。手前の岸の道には笠をかぶった旅人が立っています。

制作年
安政元年(1854年)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
六十余州名所図会(全69図)
描かれた場所
羅漢寺(大分県)、青の洞門(大分県)

作品について

画面の大部分を、川に迫る茶色の岩壁が占めています。崖には縦に深い筋が刻まれ、裾には窓のような穴がいくつも開いて、その中の通路を人が歩いています。手前右の岸には細い木の並ぶ道があり、笠をかぶった旅人が一人立っています。

崖の上は緑の斜面で、松が点々と生え、頂の向こうの空はうっすらと赤く染まっています。岩の茶と川の青、上の緑が縦に重なり、険しい谷の深さを伝えます。

この道は、山国川沿いの断崖を掘り抜いた「青の洞門」と考えられます。僧の禅海が、崖の鎖道で命を落とす人を救うため、30年ほどをかけて掘り抜いたと伝わり、羅漢寺へ参る人々も通りました。完成後は通行料を取って工事の費用にあてたとも伝わり、江戸時代の後期には名所として知られていました。

この図は揃物の中で早く、安政元年に出ています。のちに菊池寛の小説「恩讐の彼方に」の舞台となったことで、この道は広く知られるようになりました。国立国会図書館の刷りも同じ構図です。

描かれた場所の今

青の洞門は大分県中津市本耶馬渓町にあり、明治時代の改修で姿が変わったものの、禅海が掘ったノミの跡が一部に残ります。近くの羅漢寺は岩窟に多くの石仏を安置する寺で、一帯は国の名勝「耶馬渓」に含まれています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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