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名所江戸百景 外桜田弁慶堀糀町
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 54

外桜田弁慶堀糀町

めいしょえどひゃっけい そとさくらだべんけいぼりこうじまち

One Hundred Famous Views of Edo: Benkei Moat from Soto-Sakurada to Kojimachi

江戸城の外桜田から麹町へ向かう濠を、緩やかに曲がる水面とともに描いた図です。左岸には彦根藩の屋敷と井戸、右岸には松の植わった土手が続き、手前を人々が歩いています。江戸城の濠と武家屋敷の整った景色を伝える1枚です。

制作年
安政3年(1856)5月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
江戸城(東京都)、麹町(東京都)

作品について

画面の中央を、青い濠が手前から奥へ大きく曲がっていきます。左手前の道を、傘を差した人々が連れ立って歩きます。左岸には赤い門と白壁の大名屋敷があり、門前には屋根のついた井戸が見えます。右岸は石垣の上に緑の土手が盛り上がり、松が枝を張っています。奥には木立の上に火の見櫓がのぞきます。

濠の青と土手の緑が画面のほとんどを占め、夕焼けの赤い帯と黒い杉木立が上を引き締めます。水面の曲線で視線を奥へ導く、落ち着いた構図です。

題の弁慶堀は、実際には桜田濠を描いたものとされます。左の屋敷は彦根藩井伊家の上屋敷で、門前の井戸は名水として知られた桜の井と考えられます。この絵が出た4年後、近くの桜田門外で大老井伊直弼が襲われました。濠に沿って大名屋敷が並ぶこの辺りは、江戸の政治の中心に近い場所でした。

夏の部の1図で、改印は安政3年5月です。江戸城の濠や武家屋敷を描いた図はほかに「霞かせき」や「山下町日比谷外さくら田」があり、城下の整った景色を伝えています。

描かれた場所の今

桜田濠は今も皇居の西側、内堀通り沿いに水をたたえ、土手の景色は江戸の面影をよく残しています。井伊家の屋敷跡は国会前庭(北地区)で、桜の井は通りの拡幅に伴って前庭の中に移されています。濠沿いの道はジョギングを楽しむ人でにぎわいます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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