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木曽海道六拾九次之内 須原
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

木曽海道六拾九次之内 ・ 40

須原

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち すはら

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Suhara

激しいにわか雨に見舞われた須原宿の図です。道端の小さな堂へ旅人たちが駆け込み、雨の中を荷を担いだ男たちが急ぎます。斜めに走る無数の雨筋が、画面全体を灰色に覆っています。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
須原宿(長野県)

作品について

右の大木の根元にある小さな堂に、笠の旅人たちが身を寄せ、格子越しに外をうかがいます。手前では長い竿で荷を担いだ2人の男が前かがみで走り、左奥には馬に乗った人と馬子の影が雨の向こうに浮かんでいます。

細い線で彫られた雨筋が画面を斜めに埋め、遠くの木や人馬は灰色の影だけになっています。地面の緑と堂の明るさが暗い雨の中で際立ち、突然の夕立に慌てる人々の動きが生き生きと伝わります。

須原は木曽川沿いの宿場で、川の氾濫で流されたのち、享保2年(1717年)に今の場所へ移ったとされます。木曽の中ほどにあり、旅人が雨や日差しを避けて休む場所でもありました。天保14年(1843年)の記録では家数104軒、旅籠24軒ほどの小さな宿場でした。

広重の担当分で、東海道の「庄野」に通じる雨の描写が見どころとされます。メトロポリタン美術館にも同じ図があり、雨の線のきれいな刷りが残っています。雨宿りする人々の表情や姿勢を描き分け、天候に左右される旅の一場面を巧みにとらえています。

描かれた場所の今

須原宿の町並みには、丸太をくり抜いた水場「水舟」が今も残り、清水が流れています。近くの定勝寺は本堂・庫裡・山門が国の重要文化財に指定されています。幸田露伴の小説『風流仏』の舞台としても知られています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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