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東海道五拾三次之内 興津 興津川
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

東海道五拾三次之内 ・ 18

興津 興津川

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち おきつ おきつがわ

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Okitsu River at Okitsu

興津川を渡る2人の力士を描いた図です。1人は人足たちが担ぐ駕籠に、もう1人は馬に乗り、その重さに人足も馬も難儀している様子です。奥には海と三保の松原が広がります。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
興津宿(静岡県)

作品について

画面中央では、体の大きな力士が駕籠にどっかりと座り、人足たちが重そうに担いでいます。その後ろでは、もう1人の力士が馬にまたがり、馬は重そうに頭を下げています。力士の悠々とした表情と、運ぶ側の苦労との差に、思わず笑いを誘われます。

江戸時代の相撲は、寺社の建立や修復の費用を集める勧進相撲として各地で興行されました。この図は、そうした力士たちの旅の一場面を描いています。

左には岩肌の荒々しい崖がそびえ、奥には白い浜と松並木が続く海辺が見えます。これが三保の松原で、沖には白い帆が浮かびます。なお、画面の宿場名は「奥津」と書かれています。

興津宿は江戸から17番目の宿場で、甲斐(今の山梨県)へ向かう道が分かれる要所でした。興津川はその近くを流れて駿河湾に注ぐ川です。広重は川を渡る場面に力士という意外な旅人を選び、川越しの苦労をユーモラスに描いています。力士の着物の大きな柄も、画面の中でひときわよく目立ちます。

描かれた場所の今

興津には清見寺が残り、境内は朝鮮通信使ゆかりの国史跡、庭園は国の名勝に指定されています。明治以降は別荘地となり、西園寺公望の別荘「坐漁荘」が記念館として復元されています。東本陣跡は興津宿公園として整備されています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

この揃物を所蔵する館(この図の所蔵は館のサイトでご確認ください)

出典・参考

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