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名所江戸百景 鉄炮洲稲荷橋湊神社
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 77

鉄炮洲稲荷橋湊神社

めいしょえどひゃっけい てっぽうずいなりばしみなとじんじゃ

One Hundred Famous Views of Edo: Inari Bridge and Minato Shrine, Teppozu

大きな船の帆柱越しに、鉄砲洲の稲荷橋と湊稲荷の社を望む図です。2本の太い帆柱と綱が画面を区切り、その向こうに荷舟の行き交う川と白い蔵の並ぶ町、富士山が見えます。

制作年
安政4年(1857)2月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
鉄砲洲(東京都)
遠くに見える場所
富士山

作品について

手前に停泊する大きな廻船の帆柱が、画面を縦に貫いています。その間から、川の河口にかかる稲荷橋と、左手の赤い玉垣に囲まれた湊稲荷の社が見えます。川には米俵などを積んだ舟が並び、奥には白壁の蔵の町並みと、雪をかぶった富士山がそびえます。

太い帆柱と斜めの綱で画面を大きく分け、その隙間に細かな町の景色を収めています。手前の大きなものを画面の端で切り取る構図は、この揃物を代表する手法の一つです。

鉄砲洲は八丁堀の河口にあたり、江戸湊の入口として上方や諸国からの廻船が錨を下ろす場所でした。湊稲荷(鉄砲洲稲荷)は船乗りの信仰を集め、境内には富士山をかたどった富士塚があったと伝わります。上方から酒や木綿を積んできた船は、ここで小舟に荷を移して町の河岸へ運びました。

帆柱の間から富士をのぞかせる図は、遠い名山と身近な港の暮らしを一つの画面に収めています。安政4年2月に出た図で、揃物が最も盛んに出されていた時期の一枚です。

描かれた場所の今

鉄砲洲稲荷神社は今の中央区湊一丁目にあり、明治時代に少し南西へ移ったとされます。境内には富士塚が残り、地域の守り神として親しまれています。八丁堀の川は埋め立てられ、稲荷橋も今はありません。周りは住宅とビルの並ぶ町です。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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