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東海道五拾三次之内 嶋田 大井川駿岸
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

東海道五拾三次之内 ・ 24

嶋田 大井川駿岸

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち しまだ おおいがわすんがん

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Suruga Bank of the Oi River at Shimada

大井川を高い空から見下ろすように描き、広い河原で川越しの順番を待つ大名行列と、流れを渡る人足たちを小さく並べた図です。青い流れと白い砂州がつくる大きな曲線が見どころです。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
島田宿(静岡県)

作品について

画面は大井川をはるか上空から見下ろすような視点で描かれ、手前の河原から奥の流れまでが一望できます。実際にはこれほど高い場所から見ることはできず、川の広さを伝えるために選ばれた視点です。

河原には大名行列の一行が集まり、駕籠や荷物、馬が順に川へ向かっています。左上では人足たちが肩車や輦台で客を担ぎ、すでに流れを渡り始めています。人物はどれも豆粒ほどですが、動きや持ち物まで描き分けられています。

大井川は東海道最大の難所で、橋も渡し舟もなく、増水すると川止めとなって旅人は何日も足止めされました。題の「駿岸」は駿河側、つまり嶋田宿側の岸を意味します。次の金谷の図と対になっています。

大井川の川越しは、明治3年(1870)に川で船を通すことが許されるまで続きました。画面の下には松の枝がのぞき、遠い河原との距離をいっそう感じさせます。川の流れは青のぼかしで描かれ、白い砂州との対比が鮮やかです。右手の岸には黒い森が帯のように続いています。

描かれた場所の今

島田市の大井川の近くには、川会所や番宿などを復元した島田宿大井川川越遺跡があり、1966年に国史跡に指定されました。川越しの町並みを歩いてたどれます。下流には明治12年に架けられた木造の歩道橋、蓬莱橋(全長897.4m)がかかっています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

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出典・参考

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