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東海道五拾三次之内 保土ヶ谷 新町橋
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

東海道五拾三次之内 ・ 5

保土ヶ谷 新町橋

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち ほどがや しんまちばし

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Shinmachi Bridge at Hodogaya

帷子川に架かる新町橋(帷子橋)を渡る旅人と、その先に軒を連ねる保土ヶ谷宿を描いた図です。橋の向こうのそば屋や駕籠の一行、店の裏に広がる田園まで、宿場の入口の風景が一望できます。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
保土ヶ谷宿(神奈川県)

作品について

手前の木の橋は新町橋で、帷子橋とも呼ばれました。橋の上では駕籠を担ぐ一行や、深い編笠をかぶった虚無僧(尺八を吹いて托鉢する僧)が宿場へ向かい、橋の先には茅葺きや板葺きの家々が街道に沿って並んでいます。

橋のたもとの店には「二八」の看板が見え、そば屋であることがわかります。店先には客を迎える人の姿もあり、旅人が宿場に入ってすぐに一息つける場所だったことがうかがえます。空の低いところは橙色に染まっています。

家並みの左手には田畑が広がり、宿場の裏はすぐ農村だったことがわかります。広重は橋、宿場、田園を斜めに重ね、川から宿場へと視線が自然に流れるように構成しています。保土ヶ谷は神奈川宿の次の宿場にあたります。

新町橋という名は、慶安元年(1648)に新しい道筋が通されたのに伴い、橋が架け替えられたことに由来します。橋の欄干の朱色と川の藍、茅葺き屋根の淡い色が、穏やかな夕方の景色をまとめています。橋の手前の石垣や、川面に落ちる橋脚の影までていねいに描かれています。

描かれた場所の今

帷子川は昭和40年ごろに流れが付け替えられ、旧帷子橋の跡は天王町駅前公園になっています。公園には橋を記念するモニュメントがあります。宿場の中心だった軽部本陣跡には門が残り、旧東海道沿いには松並木も復元されています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

この揃物を所蔵する館(この図の所蔵は館のサイトでご確認ください)

出典・参考

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