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木曽海道六拾九次之内 和田
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

木曽海道六拾九次之内 ・ 29

和田

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち わだ

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Wada

雪に覆われた和田峠の山道を、旅人が細々と越えていく広重の図です。白い山肌に松の緑と岩の紅が刻まれ、中山道で一番の難所とされた冬の峠の厳しさと静けさを伝えています。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
和田宿(長野県)

作品について

画面の中央に、雪をかぶった険しい山がそびえています。その谷あいを縫うように道が通り、手前では荷を持った旅人と笠の男たちが休み、奥の坂道にも小さな人影が見えます。左右の斜面にも雪が積もり、道は両側から迫る山に挟まれています。

画面のほとんどを紙の白で残し、雪の山を表しています。山肌に沿って描かれた松の緑と、岩肌に差した淡い紅だけが色を添え、空の藍が上端を締めます。手前から奥へ道を斜めに重ね、山の深さと高さを強調しています。

和田は長久保と下諏訪の間の宿で、西には標高1500メートルを超える和田峠が控えていました。中山道で最も高い峠の一つで、冬は雪に閉ざされる難所として知られ、峠には旅人を助ける施設も置かれていたとされます。

歌川広重の担当の図です。宿場の名を題にしながら、宿の町ではなく峠の雪景色を描いています。シカゴ美術館やメトロポリタン美術館にも同じ図があり、刷りによって空や雪のぼかしの調子が異なります。

描かれた場所の今

和田宿の跡は長和町和田にあり、幕末の大火の後に再建された本陣の建物が保存整備され、公開されています。旧道沿いには旅籠の建物も残ります。西の和田峠は古くから黒曜石の産地として知られ、峠道の一部は今も歩けます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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