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名所江戸百景 市中繁栄七夕祭
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 73

市中繁栄七夕祭

めいしょえどひゃっけい しちゅうはんえいたなばたまつり

One Hundred Famous Views of Edo: The City Flourishing, Tanabata Festival

七夕の日の江戸の空を、竹飾りが埋め尽くす様子を描いた図です。屋根の上に立てた笹竹に、瓢箪や西瓜、吹き流しなどの紙細工が風に舞い、はるか向こうには富士山が青くかすんでいます。

制作年
安政4年(1857)7月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
京橋(東京都)
遠くに見える場所
富士山

作品について

画面の下には瓦屋根と物干し台が並び、その上から何本もの笹竹が空へ伸びています。竹には短冊のほか、瓢箪、西瓜の切り口、吹き流し、帳面などの形をした飾りが結ばれ、強い風にあおられています。遠くの家並みの向こうに、富士山が青くかすんで見えます。

空の大部分を淡い水色で残し、そこに色とりどりの飾りを散らした軽やかな構図です。手前の竹を画面の端から端まで大胆に立て、町を低く押さえることで、空の広さと高さが強く感じられます。

江戸の七夕は、7月7日に向けて家々が屋根より高く笹竹を立て、商売繁盛や手習いの上達を願う飾りを競った行事でした。この眺めは、京橋の近くにあった広重自身の住まいの物干しからのものと考えられています。安政の大地震から2年たち、町に活気が戻ったことを祝う図とも読めます。

広重は晩年、この揃物のために江戸のあちこちを描きましたが、ここでは自分の暮らす町の空を選んでいます。人の姿を描かず、飾りだけで祭りのにぎわいを伝える点も見どころです。

描かれた場所の今

広重が住んでいたのは中橋大鋸町、今の中央区京橋一丁目のあたりとされます。一帯は高層ビルの並ぶオフィス街になり、屋根の上に笹竹が並ぶ光景は見られません。七夕の飾りは、今では商店街や家の軒先で受け継がれています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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