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木曽海道六十九次之内 宮ノ越
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

木曽海道六拾九次之内 ・ 37

木曽海道六十九次之内 宮ノ越

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち みやのこし

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Miyanokoshi

霧に包まれた月夜の宮ノ越宿で、木曽川に架かる板橋を親子連れが渡っていきます。木々や家並みを墨の濃淡だけの影絵のように描き、静けさの漂う夜景に仕立てた、広重の木曽路の中でも印象深い一図です。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
宮ノ越宿(長野県)

作品について

手前の板橋を、子どもを背負った人、女、前を指さす子の3人が渡っていきます。橋の下には青い流れと葦の茂み、奥の中州には大きな木が黒い影となって立ち、さらに向こうには霧の中に家の屋根と、傘を差した人の姿がかすかに見えます。

空の満月を背に、木々は輪郭のない灰色や黒の塊で表され、遠いものほど淡くなります。色を抑えた画面の中で、人物の着物の青と川の藍だけがくっきりと浮かび、霧の夜の湿った空気が伝わってきます。

宮ノ越は木曽十一宿の一つで、木曽川の流れに沿った小さな宿場でした。木曾義仲が旗揚げした地と伝わり、宿の周りには義仲ゆかりの史跡が多く残ります。天保14年(1843年)の記録では家数137軒、旅籠21軒ほどの規模で、木曽路の宿場の中では落ち着いたたたずまいだったと考えられます。

この揃物は英泉が描き始め、途中から広重が引き継ぎました。本図は広重の担当分で、夜景の名作として名高い一図とされます。メトロポリタン美術館には、空や川のぼかしが違う刷りが2枚あります。人物を小さく抑え、自然の気配を主役にした点に広重らしさが表れています。

描かれた場所の今

宮ノ越宿の本陣は明治16年の大火で大半を失いましたが、残った客殿を修復し、2016年から公開されています。近くには木曾義仲の資料館「義仲館」や、義仲が旗を挙げたと伝わる旗挙八幡宮があります。宿場には今も古い町家が点在しています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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