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木曽海道六拾九次之内 福しま
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木曽海道六拾九次之内 ・ 38

福しま

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち ふくしま

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Fukushima

中山道の四大関所の一つとされた福島関所を、旅人の側から描いた図です。石垣と土手に挟まれた坂道の先に鳥居形の門と番所が構え、笠をかぶった一行がその前を通り過ぎていきます。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
福島宿(長野県)、福島関所跡(長野県)

作品について

手前の坂道を、荷を担いだ男や笠の旅人たちがこちらへ下ってきます。左には石垣と黒い板塀、右には草の生えた高い土手が迫り、道の奥に冠木門と柵、その中の番所に役人が座っているのが見えます。

両側の土手を暗い緑と青で塗り、中央の道だけを明るく残したため、視線は自然と奥の門へ導かれます。高い木々が上を覆い、門をくぐる者を見下ろすような重苦しさが、関所の厳しさを感じさせます。

福島宿は木曽谷のほぼ中ほどにあり、関所が置かれた要地でした。関所は「入り鉄砲に出女」を取り締まり、木曽代官の山村氏が代々関守を務めました。関所は宿場の北の端にあり、旅人はここで手形を改められてから先へ進みました。宿場には代官の屋敷もあり、木曽谷の政治の中心でもありました。

広重が担当した図の一つで、題の下には錦樹堂の印が見えます。保永堂に代わって錦樹堂が版元を務めるようになったことを示す刷りと考えられます。メトロポリタン美術館にも同じ図があります。門の奥をのぞかせながら番所の中をはっきり描かない点にも、関所の近寄りがたさが表れています。

描かれた場所の今

福島関所跡は1979年に国の史跡となり、発掘調査をもとに番所や門が復元され、資料館として公開されています。木曽町福島の上の段地区には宿場の面影を残す町並みが残り、関守を務めた山村氏の代官屋敷も公開されています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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