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木曽海道六拾九次之内 ・ 13

木曽街道 倉賀野宿 烏川之図

きそかいどう くらがのじゅく からすがわのず

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: View of the Karasu River at Kuragano Station

倉賀野宿のそばを流れる烏川の岸辺を描いた図です。堰の水しぶきの中で子どもたちが魚を捕り、川べりの茶屋の女が身を乗り出して眺め、対岸には荷を積んだ舟と村の家並みが見えます。

制作年
天保6〜7年頃(1835〜36年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
倉賀野宿(群馬県)、烏川(群馬県)

作品について

手前では、裸の子どもたちが浅瀬に入り、籠を手に魚を追っています。木の堰の上には赤い着物の子どもが立ち、流れ落ちる水の音が聞こえてくるようです。右では手ぬぐいをかぶった女が桶を洗い、その上の板囲いからは、髪を結った女が川をのぞき込んでいます。

右上には日よけの帆布が張られ、梅らしい木の枝が伸びています。川の向こうには荷を積んだ舟や竿をさす船頭がいて、対岸には緑の山と家並みが続きます。人々の動きを手前に集め、川の広がりを奥に見せる構図です。

倉賀野は利根川水運の最も上流の河岸として栄え、年貢米などを積んだ舟が烏川を下って江戸へ向かいました。宿場からは日光例幣使街道も分かれていました。

英泉の図で、題は「木曽街道」、署名と版元の印があります。揃物の初めの方で英泉は、浦和で浅間山、大宮と鴻巣で富士山を遠景に添え、関東平野から見える山々を旅の目印のように描き込んでいます。宿場の河岸の暮らしを、子どもや女の姿で生き生きと伝えています。新町から広重の図が始まった後、英泉はこの倉賀野と板鼻・坂本の上州の3図を受け持ちました。

描かれた場所の今

倉賀野宿は今の群馬県高崎市倉賀野町にあたります。河岸は天明3年(1783年)の浅間山噴火で川が浅くなり、鉄道の開通でさらに衰えました。今は脇本陣の建物や、例幣使街道の分かれ道の常夜灯が、わずかに当時の姿を伝えます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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