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木曽海道六拾九次之内 軽井沢
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

木曽海道六拾九次之内 ・ 19

軽井沢

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち かるいざわ

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Karuizawa

碓氷峠を越えて信濃に入った最初の宿、軽井沢の夜を描いた図です。道端の焚き火で煙草に火をつける旅人と、馬上で提灯の明かりを借りる客を、闇に沈む宿の家並みの前に置いています。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
軽井沢宿(長野県)

作品について

手前の左に大きな杉の木が立ち、その根元で焚き火が燃えています。笠をかぶった旅人が身をかがめて火を煙管に移し、右では馬に乗った客が、馬子の差し出す提灯から煙草の火をもらっています。奥には田の広がる野と、木立に囲まれた宿の屋根が並びます。

画面の大半は灰色から墨色へと沈む夜の色で、焚き火の朱と立ちのぼる白い煙だけが明るく浮かびます。遠くの田でも野焼きのような火が上がり、二本の煙が縦に画面を区切ります。背後の山並みは黒い影として描かれています。

軽井沢は碓氷峠の西の麓にあり、峠越えを終えた旅人や、これから峠に挑む旅人が泊まる宿でした。沓掛・追分とともに浅間根腰の三宿と呼ばれ、浅間山の裾の高原にある宿場として知られていました。

揃物は渓斎英泉が描き始め、途中から歌川広重が引き継ぎました。この図は広重の担当で、英泉の描いた18図目の坂本の次に置かれています。夜の情景と火の明かりを組み合わせた、広重らしい抒情の強い一枚とされます。

描かれた場所の今

軽井沢宿の跡は今の旧軽井沢銀座通りにあたり、明治以降は外国人宣教師らが開いた避暑地として姿を大きく変えました。宿場の面影は少ないものの、通りの奥には旅籠に始まるとされるつるや旅館が今も営業しています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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