名画のふるさと名画と画家を地域から探す
名所江戸百景 上野山した
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 12

上野山した

めいしょえどひゃっけい うえのやました

One Hundred Famous Views of Edo: The Yamashita District of Ueno

上野の山の麓、山下と呼ばれた辺りの町を描いた1図です。料理屋の大きな店構えの前を人々が行き交い、手前には傘が並び、空には烏の群れが飛んでいます。上野の森を背にした賑やかな町角です。

制作年
安政5年(1858)10月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
上野(東京都)

作品について

右手に二階建ての大きな料理屋があり、「伊勢屋」と染めた幕が張られています。店の前には荷を積んだ馬や行き交う人々、黄色い日除けの屋台が見えます。左手前には大きな傘が幾つも並び、奥には上野の山の石垣と森が続きます。

空を大きく取り、烏の群れを斜めに飛ばして画面に動きを与えています。屋根の濃い藍と幕の色、手前の傘の模様が、町の賑わいをにぎやかに伝えています。

山下は寛永寺の門前に当たり、料理屋や見世物小屋、茶屋が集まる盛り場でした。参詣や花見の客が通る道筋で、江戸の庶民の楽しみの場でもありました。

春の部の第12図です。改印は安政5年(1858)10月で、初代広重が亡くなった翌月に当たります。そのため二代広重の筆が入っているとする説がありますが、所蔵館はどれも初代の作としています。店先の看板の文字や行き交う人の姿が細かく描かれ、門前町の暮らしぶりを伝える資料としても見ることができます。

描かれた場所の今

山下の辺りは今のJR上野駅の西側、上野公園の入口に当たります。上野戦争で寛永寺の多くが焼けたあと、山は公園となり、麓には駅や繁華街が広がりました。アメ横へ続く人通りの多い街になっています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

海外の所蔵館

出典・参考

姉妹サイト

姉妹サイトで、同じ土地の別の魅力も訪ねてみませんか。