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東海道五拾三次之内 阪之下 筆捨嶺
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東海道五拾三次之内 ・ 49

阪之下 筆捨嶺

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち さかのした ふですてみね

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Fudesute Mountain near Sakanoshita

鈴鹿峠のふもと、坂下の茶店から、奇岩の連なる筆捨山を眺める旅人たちを描いた図です。岩肌を流れ落ちる二筋の滝と、遠くに淡く重なるなだらかな山との対比が見どころです。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
坂下宿(三重県)

作品について

画面の左半分に、ごつごつした岩山が大きく描かれています。山肌には松がはりつき、二筋の滝が白く流れ落ちています。谷は霧に包まれ、岩山だけが浮かび上がるように見えます。岩は墨の濃淡と鋭い線で描き分けられ、ところどころ白く残された部分が、切り立った岩の面を際立たせています。

右の崖の上には茶店があり、客が腰を下ろして山を眺めています。崖の端にも旅人が立ち、景色に見入っています。その下の道では、荷を積んだ馬と馬子が坂を上ってきます。茶店は崖の上に張り出すように建ち、山を眺めるのに格好の場所です。道は崖のふちに沿って曲がりながら下っていきます。

室町時代の画家・狩野元信がこの山を描こうとして描ききれず、筆を投げ捨てたという言い伝えから、筆捨山の名がつきました。東京富士美術館は、この山を岩根山と呼ばれた山としています。奥のなだらかな藍の山と並べることで、筆捨山の形の険しさが際立っています。空は上が淡い黄色、山の際が薄紅に染まっています。

描かれた場所の今

坂下宿には江戸時代後期、本陣3軒・脇本陣1軒・旅籠48軒がありました。今は松屋・梅屋・大竹屋の本陣跡が残り、松屋の門は法安寺の庫裏の玄関に移されて、亀山市の文化財になっています。筆捨山は亀山市の名勝に指定されています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

この揃物を所蔵する館(この図の所蔵は館のサイトでご確認ください)

出典・参考

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