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名所江戸百景 はねたのわたし弁天の社
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 72

はねたのわたし弁天の社

めいしょえどひゃっけい はねだのわたしべんてんのやしろ

One Hundred Famous Views of Edo: Haneda Ferry and Benten Shrine

羽田の渡し舟の船頭の手足越しに、多摩川の河口の弁天社を望んだ図です。船頭の太い腕と脚を大胆に画面に入れた、揃物でも特に奇抜な構図で知られます。舟に乗った人の目線で、河口の景色を見せています。

制作年
安政5年(1858)8月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
羽田(東京都)、多摩川(東京都)

作品について

画面の上を船頭の両腕が横切り、櫓を握っています。左には毛深い脚がのぞき、櫓につながる縄が下へ垂れています。その間からは河口の景色が見え、左には松の茂る弁天社、中ほどに帆掛け船、奥には灯籠と遠くの帆船が浮かび、海が広がります。岸には小舟が並び、葦の茂る中洲も見えます。

船頭の体で画面を大きく切り取り、その中に遠くの景色をのぞかせる構図です。淡い肌色と、川から海へ深まる青の対比が鮮やかで、舟に乗る人の視点を感じさせます。

羽田の弁天社は多摩川の河口にあり、海の安全を祈る人々が参詣しました。羽田の渡しは川崎の大師河原と羽田を結び、川崎大師への参詣にも使われたとされます。河口の景色は江戸の南の玄関口でもあり、海へ出る舟が行き交う場所でした。

夏の部の1図で、改印は安政5年8月で、初代広重が亡くなる直前の図です。人の体を前景に大きく描く手法は、揃物の中でも際立って大胆なものです。

描かれた場所の今

羽田の弁天社は、羽田空港の拡張などで元の場所を離れたとされ、今は大田区羽田6丁目に玉川弁財天として祀られています。多摩川の河口の辺りは空港の敷地になり、渡し舟の景色は残っていません。近くの天空橋駅から歩いて行けます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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