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名所江戸百景 両ごく回向院元柳橋
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名所江戸百景 ・ 5

両ごく回向院元柳橋

めいしょえどひゃっけい りょうごくえこういんもとやなぎばし

One Hundred Famous Views of Edo: Ryogoku Ekoin and Moto-Yanagi Bridge

両国の回向院の相撲の櫓から、隅田川の対岸の元柳橋と富士山を眺めた1図です。左手前に櫓の骨組みと梵天、太鼓を大きく描き、その向こうに川と舟、遠くの富士を広げています。

制作年
安政4年(1857)閏5月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
回向院(東京都)、隅田川(東京都)
遠くに見える場所
富士山

作品について

左に丸太を組んだ高い櫓がそびえ、上には梵天と幕、太鼓が付いています。下には家々の屋根と木々がのぞき、その先の隅田川を帆掛け舟や屋根舟が行き交います。対岸には柳の茂る元柳橋の辺りが見え、遠くに雪の富士がそびえます。

櫓の赤い丸太が画面の左側を縦に貫き、白い富士と青い川とに強い対比を作っています。櫓の高さから見下ろす視点で、川と町並み、山並みを横に広く収めています。

回向院は明暦の大火の犠牲者を弔うために開かれた寺で、江戸時代後期には境内で勧進相撲が開かれるようになりました。櫓の太鼓は興行の始まりを町に知らせるもので、川向こうまで響いたとされます。

春の部の第5図です。相撲の場面を描かず、櫓だけで興行の熱気を伝えるのは、この揃物に多い省略の効いた見せ方といえます。改印は安政4年(1857)閏5月です。前年の地震で傷んだ両国の町も、相撲の興行が開かれるほどに戻っていたことを伝えているとも考えられます。手前の櫓の大胆な切り取り方は、揃物の構図の中でも特に目を引くものです。

描かれた場所の今

回向院は今も両国にあり、境内には力塚が建つなど相撲とのゆかりが伝えられています。対岸の元柳橋は堀の埋め立てで失われ、跡は中央区東日本橋の辺りに当たります。両国国技館は両国駅の北に建っています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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