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名所江戸百景 目黒元不二
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 25

目黒元不二

めいしょえどひゃっけい めぐろもとふじ

One Hundred Famous Views of Edo: Original Fuji, Meguro

目黒村の富士講が築いた富士塚「元富士」を、緑の山肌を大きく入れて描いた図です。塚の上や麓で景色を楽しむ人々の向こうに本物の富士山が白く浮かび、二つの富士を見比べる趣向になっています。

制作年
安政4年(1857)4月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
目黒(東京都)
遠くに見える場所
富士山

作品について

右手に迫る緑の斜面が元富士の塚で、松の若木の間を人々が登っていきます。左の平らな所には色づいた木の下に床几が並び、参詣の人々が腰を下ろしています。その先には目黒の田畑と林が広がり、遠くに雪をかぶった富士山がそびえます。

画面を斜めに切る塚の稜線と、上へまっすぐ伸びる大きな松が構図の骨組みです。緑のぼかしで塚の丸みを表し、地平の赤い帯と富士の白が澄んだ空気を感じさせます。小さな人物の配置で、塚の高さがよくわかります。

元富士は文化9年(1812)に目黒村の富士講の人々が築いた高さ12メートルほどの塚で、頂には浅間社がまつられていたといいます。塚に登れば富士詣と同じご利益があると考えられ、江戸の各地にこうした富士塚が造られました。近くに新しい富士塚ができてから、こちらは元富士と呼ばれました。

春の部の一図ですが、手前の木々は黄や橙に色づいて見え、春の図としては珍しい色合いです。揃物には同じ目黒の新しい富士塚を描いた「目黒新冨士」もあり、二つの富士塚を見比べられるようにしたと考えられます。

描かれた場所の今

元富士の塚は明治11年(1878)に社殿などが取り払われ、今は目黒区上目黒1丁目の目切坂の上に跡を示す説明板が立つだけです。塚にあった碑石は大橋の氷川神社に移されたと伝わり、周りは代官山に近い静かな住宅地になっています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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