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名所江戸百景 目黒千代か池
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 23

目黒千代か池

めいしょえどひゃっけい めぐろちよがいけ

One Hundred Famous Views of Edo: Chiyogaike Pond, Meguro

目黒の千代が池を描いた1図です。崖から白い滝が段をなして池に落ち、岸辺の桜が水面に影を映しています。池の中の小島には人の姿があり、上の台地には松林が続いています。

制作年
安政3年(1856)7月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
目黒(東京都)

作品について

右手の崖を白い滝が段になって流れ落ち、手前の池に注いでいます。池の中ほどの小島には二人の人物が立ち、右端の岸にも人が見えます。左の斜面には満開の桜が並び、上の台地には松の林と霞がたなびいています。

池の青と滝の白、桜の桃色、斜面の緑がくっきりと塗り分けられています。滝の縦の流れと、霞や池の横の広がりを組み合わせた構図です。

千代が池は、南北朝時代に新田義興の死を悲しんだ侍女の千代が身を投げたという伝説を持つ池です。大名の下屋敷の庭の中にあったとされ、目黒の名所の一つに数えられていました。

春の部の第23図です。続く目黒新冨士・目黒元不二とともに目黒の名所を三図続けて描いています。改印は安政3年(1856)7月です。滝と池を組み合わせた庭のような景色で、大名屋敷の庭が名所として知られていたことを伝えています。今では失われた池の姿を伝える貴重な図でもあります。

描かれた場所の今

千代が池は埋め立てられて残っておらず、跡は目黒区目黒一丁目の辺りとされます。周辺は千代が崎と呼ばれた台地で、今は住宅や公共施設が建ち並び、地名の由来として伝わるのみです。広重の図は、失われた池の姿を伝えています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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