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名所江戸百景 霞かせき
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名所江戸百景 ・ 2

霞かせき

めいしょえどひゃっけい かすみがせき

One Hundred Famous Views of Edo: Kasumigaseki

正月の霞が関の坂を描いた1図です。坂の両側に大名屋敷の門と塀が並び、空には大小の凧が揚がり、坂の先には江戸湾の海が光っています。新春の晴れやかな空気が画面全体に満ちています。

制作年
安政4年(1857)1月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
霞が関(東京都)

作品について

手前の坂の上を、正月の芸人たちや年始回りの人々が行き交います。左には樹木の茂る屋敷の門、右には海鼠壁の長い塀が続き、門口には竹の門松が立っています。坂を下った先には家並みと江戸湾の青い海が開けます。

空の大部分を淡い青のぼかしに充て、そこに大きな凧と小さな凧を散らしています。凧糸が画面の上下を斜めに結び、坂の奥行きと空の広さを同時に感じさせます。坂を正面から見通す左右対称に近い構図です。

霞が関は江戸城の南に当たり、大名の上屋敷が並ぶ武家地でした。坂の上から海が見えたことから、この辺りの坂は潮見坂とも呼ばれたとされます。正月には武家の年始の行列や町の芸人が行き交う場所でもありました。

春の部の第2図で、正月の景物を扱った図が続く揃物の初めの方に置かれています。凧の舞う空は、次の山下町日比谷外さくら田にも通じる趣向です。改印は安政4年(1857)1月で、正月の景色を正月に売り出したことになります。季節の行事を実際の時期に合わせて出したことがうかがえ、町の人々が新春の土産として買い求めたとも考えられます。

描かれた場所の今

坂の一帯は今、外務省や財務省などが建ち並ぶ官庁街になっています。江戸の大名屋敷の区画が、明治以降に官庁の敷地として使われてきました。霞が関の坂は今も緩やかに日比谷公園の方へ下っています。霞が関の名は今も官庁街の代名詞として使われています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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