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名所江戸百景 日本橋雪晴
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名所江戸百景 ・ 1

日本橋雪晴

めいしょえどひゃっけい にほんばしゆきばれ

One Hundred Famous Views of Edo: Clear Weather After Snow at Nihon Bridge

揃物の巻頭を飾る1図で、雪の晴れた朝の日本橋を高い所から見下ろしています。橋の向こうに江戸城と富士山を置き、手前には魚河岸と荷を運ぶ舟を描いて、江戸の中心を一枚に収めています。

制作年
安政3年(1856)5月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
日本橋(東京都)、江戸城(東京都)
遠くに見える場所
富士山

作品について

画面の中ほどを日本橋が横切り、橋の上を人々が行き交います。手前の日本橋川には魚を積んだ舟が並び、右下の河岸の屋根の下では魚河岸の人々が立ち働いています。橋の向こうには白壁の蔵が連なり、さらに奥に江戸城の森と富士山が見えます。

屋根も蔵も一面の雪で、白い画面を濃い藍の川と空の上端のぼかしが引き締めています。見下ろす視点で手前から橋、蔵、城、富士と重ねていく構図は、町と将軍の城と霊峰を一続きに見せるものです。

日本橋は五街道の起点で、橋のたもとの魚河岸は江戸の台所と呼ばれました。前年の安政2年(1855)10月に起きた安政江戸地震のあとで、雪晴れの静かな町並みには、立ち直りつつある江戸への祝いの気持ちが込められているとも考えられます。

春の部の第1図で、揃物は日本橋から始まります。富士と江戸城を一図に収めた構図は、全体の序章にふさわしいものとされます。改印は安政3年(1856)5月で、刊行が始まった最初期の図の一つです。版元は下谷新黒門町の魚屋栄吉で、揃物は広重の晩年の大仕事となりました。縦長の画面を生かした俯瞰の構図は、その後の多くの図の手本になったと考えられます。

描かれた場所の今

日本橋は明治44年(1911)に架けられた石造二連アーチ橋で、国の重要文化財です。1963年から首都高速道路が真上を通っていますが、高速道路を地下に移す工事が進められています。魚河岸は関東大震災のあと築地へ移りました。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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