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名所江戸百景 廓中東雲
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名所江戸百景 ・ 38

廓中東雲

めいしょえどひゃっけい かくちゅうしののめ

One Hundred Famous Views of Edo: Yoshiwara Licensed Quarters at Dawn

夜明け前の新吉原で、遊郭の大通りから朝帰りの客が帰っていく様子を描いた図です。仲の町に植えられた満開の桜と、ほの暗い空、大門へ向かう人影が、廓の一夜の終わりの静けさを伝えます。

制作年
安政4年(1857)4月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
新吉原(東京都)

作品について

奥の大門へ向かって、灰色の大通りがまっすぐ延びています。道には頬かむりの男や、供を連れた客が歩き、右手には竹垣に囲まれた桜の木が満開の花をつけています。両側には妓楼の大きな屋根が並び、通りの先には灯籠がともっています。

空は上が藍、下が淡い青に明け始め、地面は灰色から緑へぼかされています。全体を沈んだ色でまとめ、桜の白だけをほのかに浮かび上がらせることで、夜明け前の冷えた空気が感じられます。

新吉原は浅草の北にあった幕府公認の遊郭で、春には大通りの仲の町に桜を植え込み、花の時期だけの名所としました。安政の大地震では吉原も焼け、仮の場所での営業がしばらく続いたとされます。夜を過ごした客は夜明けとともに大門を出て、日本堤を帰っていきました。

春の部の一図です。華やかな廓を夜明けの静けさの中で描いたところに、この揃物の情緒を重んじる表現がよく表れています。冬の部には吉原へ通う道の「よし原日本堤」もあります。

描かれた場所の今

吉原は1958年の売春防止法の完全施行で遊郭としての歴史を終え、今は台東区千束4丁目の街になっています。「吉原大門」の交差点や見返り柳、吉原神社が往時の名残をとどめ、江戸の地割りを残す通りが続いています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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