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東海道五拾三次之内 見附 天竜川図
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東海道五拾三次之内 ・ 29

見附 天竜川図

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち みつけ てんりゅうがわず

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Tenryu River at Mitsuke

天竜川の中州に乗り上げた渡し舟と、霧の向こうで舟に乗り分けて川を渡る大名行列を描いた図です。遠くの森をぼかしで白くかすませ、二つに分かれた大河の広さを奥行きで見せています。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
見付宿(静岡県)

作品について

手前の渡し舟は、画面の右下から斜めに大きく入り込み、舳先(へさき)を中州に乗り上げています。舟の上では、竿を手にした船頭が立ち、もう一人が腰を下ろして向こう岸を眺めています。二艘の舟の線が左上へ流れ、見る人の目を川の奥へ導きます。竿は画面の上端近くまで斜めに伸び、静かな水面に鋭い線を加えています。

天竜川はこのあたりで流れが二つに分かれ、東を大天竜、西を小天竜と呼びました。東京富士美術館の解説では、手前が小天竜、奥が大天竜です。中州の向こうでは、大名行列の一行が何艘かの舟に分かれ、大天竜を渡り始めています。手前の船頭たちは一仕事を終え、行列が川を渡る様子を眺めているところです。

対岸の森は、ぼかし(色を少しずつ薄くしていく摺りの技法)で霧の中に溶け込むように表されています。大きな川を渡ることは東海道の旅の難所の一つで、歌川広重の保永堂版では、川崎の六郷川や荒井の今切でも渡しの場面が描かれています。中州の砂地には細かな点が打たれ、水際の藍のぼかしと合わせて、浅瀬の広がりを感じさせます。

描かれた場所の今

見付宿は今の磐田市の中心部にありました。宿場の通りには、明治8年(1875)に建てられた木造擬洋風の校舎「旧見付学校」が残り、国の史跡に指定されています。天竜川の渡しの歴史は、川沿いの池田にある「池田の渡し歴史風景館」で紹介されています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

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出典・参考

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