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東海道五拾三次之内 日坂 佐夜ノ中山
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東海道五拾三次之内 ・ 26

日坂 佐夜ノ中山

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち にっさか さよのなかやま

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Sayo-no-Nakayama Mountain near Nissaka

急な坂が空へ駆け上がるように描かれた小夜の中山と、道の真ん中にある大きな丸い石「夜泣石」を囲む旅人を描いた図です。斜めに切り取った坂の角度が、峠の険しさを伝えます。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
日坂宿(静岡県)

作品について

画面右の坂道は、ほとんど垂直に近い角度で上へと延びています。坂の上には駕籠を担ぐ人足や旅人が小さく見え、手前から奥までの高低差が強調されています。左奥には青と赤の山が重なり、谷の深さを感じさせます。

坂の下の道の真ん中にある丸い石が夜泣石です。山賊に殺された身重の女の霊が石に宿り、夜な夜な泣き声が聞こえたという言い伝えがあります。生まれた子は飴で育てられたとされ、この地の名物「子育て飴」のいわれになりました。旅人たちが石を囲んで見入っています。

小夜の中山は、西行が「年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山」と詠んだ歌枕としても知られます。金谷と日坂の間にある峠で、東海道の難所のひとつでした。

日坂宿は小夜の中山の西のふもとにある宿場で、峠を越えた旅人がここで休みました。名物の子育て飴は、もち米と大麦でつくる水飴です。広重は坂の急さと夜泣石の伝説を一枚に収め、峠の難しさとその土地の物語を同時に伝えています。

描かれた場所の今

小夜の中山には道や公園が整い、峠道を歩いて史跡をめぐれます。夜泣石は中山トンネル脇に据えられ、久延寺にも石が祀られています。公園の池には西行の歌碑があり、子育飴も昔ながらの製法でつくられています。日坂宿には旅籠の川坂屋が残ります。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

この揃物を所蔵する館(この図の所蔵は館のサイトでご確認ください)

出典・参考

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