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東海道五拾三次之内 浜松 冬枯ノ図
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

東海道五拾三次之内 ・ 30

浜松 冬枯ノ図

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち はままつ ふゆがれのず

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Desolate Winter Scene at Hamamatsu

刈り入れの済んだ冬の田を前に、大きな杉の根元で旅人や土地の人が焚火にあたる図です。立ちのぼる煙が杉の幹と重なり、右奥には浜松の宿場と浜松城の天守が小さく見えます。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
浜松宿(静岡県)

作品について

画面の中央を、太い杉の幹が上下に貫いています。その根元で旅人や土地の人が焚火を囲み、手をかざして暖を取っています。煙は黒からしだいに白へと色を変えながら、幹に沿って空へ昇っていきます。杉の幹は赤みのある色で塗られ、くすんだ冬の野の中でひときわ目立ちます。

火の輪から少し離れて、笠をかぶった旅姿の男が一人立ち、焚火のほうを見ています。後ろには刈り取りを終えた田が広がり、稲わらを積んだ山が点々と見えます。田の中の松林には立て札があり、東京富士美術館はこれを「颯々松(ざざんざのまつ)」と呼ばれた旧跡としています。室町幕府の将軍足利義教が、この松の下で酒宴を開いたと伝わる場所です。火を囲む人々は背を丸めて身を寄せ、寒さの厳しさが姿勢から伝わります。

右奥には浜松の町並みと浜松城の天守が描かれています。浜松は遠州で最大の宿場で、天保年間には本陣が6軒、旅籠が94軒あったと浜松市の資料にあります。冬枯れの野の寒さと、火を囲む人のぬくもりを一枚に収めた図です。空は上の端だけを濃い藍で摺り、下は白く残して、乾いた冬の空気を表しています。地平線の近くには、葉を落とした細い木々が並びます。

描かれた場所の今

浜松宿は今の浜松市中央区の中心部にありました。浜松城の跡は浜松城公園となり、天守曲輪には野面積み(自然の石をほぼそのまま積む方法)の石垣が残ります。今の天守閣は、昭和33年(1958)に市民の寄付で復興されたものです。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

この揃物を所蔵する館(この図の所蔵は館のサイトでご確認ください)

出典・参考

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