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木曽海道六拾九次之内 ・ 4

支蘇路ノ駅 浦和宿 浅間山遠望

きそじのえき うらわじゅく あさまやまえんぼう

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Distant View of Mount Asama from Urawa Station

浦和宿の外れの街道を、早春の木々越しに描いた図です。荷を積んだ馬を引く老人や子どもが歩く道の向こうに茶屋の屋根が並び、遠くには煙を上げる浅間山の姿がのぞいています。

制作年
天保6〜7年頃(1835〜36年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
浦和宿(埼玉県)
遠くに見える場所
浅間山

作品について

手前の道では、荷を背に積んだ馬を老人が綱で引き、その足もとで子どもが熊手のような道具で何かを集めています。中ほどには、笠をかぶった青い着物の旅人と、木箱を背負った男が歩いています。道の両側には芽吹きはじめた細い木が並び、奥にはわら屋根の茶屋や白壁の家があります。

左奥には黄土色の山が煙を吐き、その右に緑の山並みが重なります。手前の田には水が張られ、白く光っています。英泉は空を淡い黄色にまとめ、山の煙と細い枝の線で、霞んだ春の空気を描いています。

浦和宿は江戸から3番目の宿場で、宿場としては小さかったものの、2と7の付く日に市が立つ市場の町としてにぎわいました。実際の浦和から浅間山を望むことはできず、題の「浅間山遠望」は、この先の道のりを示す演出と考えられます。

英泉の図で、題は「支蘇路ノ駅」と書かれ、署名と版元の印があります。英泉の図は題の書き方が一定せず、「木曽街道」「岐阻街道」「支蘇路」などと図ごとに字を変えています。旅の始まりの宿に遠い山を添え、街道の先への期待を感じさせる一図です。

描かれた場所の今

浦和宿は今のさいたま市浦和区の中心にあたります。仲町二丁目には本陣を務めた星野家の跡が残り、旧中山道沿いには市場のにぎわいをしのばせる像も置かれています。浦和は今、埼玉県の県庁所在地として大きな街に発展しています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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