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木曽海道六拾九次之内 ・ 52

太田

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち おおた

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Ota

中山道の三大難所の一つ、太田の渡しを描いた図です。木曽川の河原で旅人が渡し舟を待ち、川面には人や荷を乗せた舟が浮かびます。夕焼けの空の下、対岸の松林と山が見えます。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
太田宿(岐阜県)、太田の渡し跡(岐阜県)

作品について

手前の河原では、杖をついた巡礼らしい人や、石に腰を下ろした旅人たちが舟を待っています。左の松の根元には舟が引き上げられ、川の中ほどでは人や荷を乗せた渡し舟が対岸へ向かいます。奥では竿で舟を操る人の姿も見えます。

川の藍色が画面を横に大きく占め、上の赤いぼかしの空と対比されています。左の松の黒い枝が画面を引き締め、右奥の山と松林が、広い川幅を感じさせます。

太田は美濃の宿場で、木曽川を渡る太田の渡しのたもとにありました。この渡しは木曽の桟、碓氷峠とともに中山道の三大難所に数えられました。川を渡った対岸には今渡の渡し場があり、そこから伏見宿へ道が続いていました。宿場には本陣と脇本陣が1軒ずつ置かれていました。

広重の担当分です。渡しを待つ人々の姿と広い川を組み合わせた構図で、街道の難所を穏やかな夕景として描いた図と言えます。難所の険しさよりも、舟を待つ間ののどかな時間に目を向けた点が印象に残ります。

描かれた場所の今

太田宿は岐阜県美濃加茂市にあり、国の重要文化財の脇本陣林家住宅などが残り、宿場の面影を伝えています。1927年に太田橋が架かるまで渡し船が通い、両岸の渡し場跡には今も石畳が残り、今も往時をしのばせます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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