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木曽海道六拾九次之内 ・ 21

木曽街道 追分宿 浅間山眺望

きそかいどう おいわけじゅく あさまやまちょうぼう

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: View of Mount Asama from Oiwake Station

追分宿のあたりから浅間山を仰いだ英泉の図です。画面の右上に大きくそびえる山の下を、荷を積んだ馬と馬子、駕籠かきや旅人が行き交い、浅間根腰の高原の広さを感じさせます。

制作年
天保6〜7年頃(1835〜36年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
追分宿(長野県)、浅間山(長野県)

作品について

画面の右上を、赤みを帯びた浅間山の三角の山体が占めています。中景の斜面には松がまばらに生え、手前の草原を馬子が荷を高く積んだ馬を引いて右から左へ進みます。左では駕籠を担いだ男たちが走り、笠の旅人がその後を追います。右端には刈った稲の束が立っています。

空は上端に藍のぼかしを入れ、下へ向かって淡い紅に変わります。山肌は赤茶の地に細い線で谷筋を刻み、松の濃い緑と草原の明るい黄緑が対照をなします。大きな山を斜めに配し、人と馬を小さく並べることで、高原の奥行きを出しています。

追分は中山道と北国街道が分かれる宿で、加賀藩などの大名行列や善光寺参りの旅人でにぎわいました。浅間山は宿の北にそびえる活火山で、宿の旅人にとっていつも目に入る山だったと考えられます。

揃物の前半を受け持った渓斎英泉の図で、東京国立博物館の刷りは無款です。浅間山はこの揃物の浦和の図にも遠く描かれていますが、ここでは画面の主役として間近に大きく描かれています。

描かれた場所の今

追分宿の跡は軽井沢町追分にあり、旧道沿いに旅籠の造りを残す建物が点在します。宿の西の外れには中山道と北国街道の分岐点「分去れ」があり、道標や常夜灯が残ります。堀辰雄ら文学者ゆかりの地としても知られ、記念館があります。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

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出典・参考

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