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木曽海道六拾九次之内 草津追分
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木曽海道六拾九次之内 ・ 69

草津追分

きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち くさつおいわけ

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Crossroad at Kusatsu

東海道と中山道が合流する草津の追分へ向かう、旅人たちの姿を描いた図です。小川の板橋を渡ると、松の生える丘の間に宿場の屋根がのぞき、遠くには山並みが霞んでいます。

制作年
天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
草津宿(滋賀県)

作品について

手前には小川が流れ、細い板橋を渡ろうとする女性がいます。その先の広い道では、笠をかぶった旅人たちが立ち止まって言葉を交わし、左では柴を背負った人が歩きます。道の両側は松の生える緑の丘で、正面の奥に宿場の家々の屋根がのぞき、さらに遠くに山並みが霞みます。

左右の丘を八の字に開き、中央の道へ目を集める構図です。道の明るい黄土色、丘の緑、空と遠山の藍がやわらかく重なり、旅の終わりが近い穏やかな気分を感じさせます。丘の柵の線が道に沿って続き、遠近を強めています。

草津宿は東海道の宿場で、中山道はここで東海道に合流しました。合流点の追分には道標が立ち、ここから大津、京までは二つの街道が同じ道をたどります。本陣が二軒、旅籠が七十軒余りある大きな宿場でした。中山道の旅人にとっても、京の三条大橋まではもう一息でした。

広重の図で、朱印は誤って「六拾八」と捺されています。広重は保永堂版の東海道でも草津を描いており、そちらは名物の姥が餅を売る立場のにぎわいを描いた図です。

描かれた場所の今

草津宿は今の滋賀県草津市の市街にあたり、田中七左衛門本陣が国の史跡として残り、一般に公開されています。現存する本陣としては最大級の建物です。東海道と中山道の分かれ道には、今も追分道標が立っています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

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出典・参考

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