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名所江戸百景 高田の馬場
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 115

高田の馬場

めいしょえどひゃっけい たかだのばば

One Hundred Famous Views of Edo: Takata Riding Grounds

高田の馬場の弓の稽古場を、大きな的と松の幹越しに描いた一図です。的の向こうの馬場を駆ける馬と、田畑の先に小さくのぞく富士が、江戸の郊外の広々とした景色を伝えます。

制作年
安政4年(1857)2月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
高田馬場(東京都)
遠くに見える場所
富士山

作品について

左手前に太い松の幹が立ち、その右に巨大な丸い的が半分だけ見えます。的の下には矢が数本落ち、中央には柱が一本立ちます。その向こうの馬場では侍が馬を走らせ、右手の幕の陰では人々が休んでいます。遠くには田畑と木立が広がり、木々の間に小さく富士がのぞきます。

画面の大半を占める的と松、手前の緑の草地が大胆に配置され、遠景は小さく抑えられています。手前のものを画面の端で断ち切って奥の景色と対比させる、この揃物によく見られる構図です。

高田の馬場は寛永13年(1636)に旗本が馬術や弓術を稽古する場として設けられたとされます。元禄の頃に堀部安兵衛が助太刀をした「高田馬場の決闘」の舞台として、芝居や講談でも広く知られました。武士の稽古場であると同時に、江戸の人々が見物に訪れる名所でもありました。

冬の部の図ですが雪はなく、緑の草地と晴れた空が描かれています。画面の端で大きく切り取られた的は、広重の大胆な構図の例としてよく挙げられます。

描かれた場所の今

馬場の跡は今の新宿区西早稲田3丁目のあたりで、跡地を示す案内板が立っています。JRと西武線の高田馬場駅は馬場の跡より西にあり、駅名に名を残しています。秋には近くの戸山公園で流鏑馬が奉納されます。跡地の近くには水稲荷神社もあります。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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