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名所江戸百景 川口のわたし善光寺
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名所江戸百景 ・ 20

川口のわたし善光寺

めいしょえどひゃっけい かわぐちのわたしぜんこうじ

One Hundred Famous Views of Edo: Zenkoji Temple and the Ferry at Kawaguchi

荒川の川口の渡しと、対岸の善光寺を描いた1図です。霞んだ広い川面を筏が幾つも流れ、渡し舟が人を運んでいます。右上の木立の中に善光寺の堂が見え、手前には渡し場の小屋があります。

制作年
安政4年(1857)2月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
川口の渡し(埼玉県)、善光寺(川口)(埼玉県)

作品について

画面の大部分を淡い色の川面が占め、長い筏が斜めに連なって流れています。右下には客を乗せた渡し舟、手前の岸には松と柳、渡し場の小屋の屋根が見えます。対岸の岸辺には葦が茂り、右上の木立の奥に善光寺の堂がのぞきます。

川面を広く空け、筏を斜めの線として配して、川の流れと広さを表しています。上部の対岸を暗く沈め、手前の淡い水面と対比させています。

川口の渡しは日光御成道が荒川を渡る所にあり、江戸から日光へ向かう人々が使いました。対岸の善光寺は信濃の善光寺の分身とされる阿弥陀如来を祀り、江戸の人々の参詣を集めました。荒川は秩父の木材を筏で江戸へ運ぶ道でもありました。

春の部の第20図で、揃物の中で唯一、今の埼玉県の場所を描いた図です。江戸の北の境を示す一枚といえます。改印は安政4年(1857)2月です。霞のかかった広い川面は、川の向こうが遠い土地であることを感じさせます。筏の連なりは、江戸の町づくりを支えた荒川の水運を伝えるものでもあります。

描かれた場所の今

善光寺は今も埼玉県川口市舟戸町にあり、荒川の高規格堤防の上に建っています。渡しの辺りには新荒川大橋などの橋が架かり、対岸は東京都北区の岩淵です。荒川の流れは江戸の頃より大きく整えられています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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