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木曽海道六拾九次之内 ・ 2

木曽街道 板橋之駅

きそかいどう いたばしのえき

The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Itabashi Station

江戸を出て最初の宿場、板橋の入り口を描いた図です。わら屋根の家並みへ向かう道を旅人や馬が行き交い、右の大きな木の下では茶屋の葦簀の前で駕籠を下ろした人々が休んでいます。

制作年
天保6〜7年頃(1835〜36年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
木曽海道六拾九次之内(全71図)
描かれた場所
板橋宿(東京都)

作品について

右手前には太い幹の大木がそびえ、その陰に葦簀を立てた茶屋があります。茶屋の前には空の駕籠が置かれ、馬の足もとでは馬子がかがみ込んで何かを直しています。道の中ほどでは、杖をついた旅人や荷を担いだ男がすれ違い、左奥へ続く家並みには小さな人影が連なります。

道の向こうの畑には道しるべらしい石柱が立ち、その奥に杉の木立と青い屋根の家が見えます。空の下の方は赤く染まり、夕暮れか明け方の時刻と考えられます。白く広い道の面に人と馬を散らし、右の大木で画面を締める構図です。

板橋宿は中山道の第一の宿で、品川・千住・内藤新宿とともに江戸四宿と呼ばれました。旅立つ人とその見送り人でにぎわい、宿の名は石神井川に架かる板の橋に由来します。右の大木を、上宿にあった縁切榎とみる説もあります。

英泉の担当した図で、題は「木曽街道」と書かれます。この図には署名がなく、東京国立博物館も無款の英泉の図としています。英泉の図の署名は後の刷りで削られたとされ、揃物の初めの11図は英泉が続けて描きました。

描かれた場所の今

板橋宿の跡は東京都板橋区の仲宿・本町あたりで、旧中山道は商店街として続いています。宿名の由来となった板橋は石神井川に架かる今の橋に受け継がれ、仲宿には皇女和宮が江戸入りの前夜を過ごした飯田本陣の跡があります。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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