木曽海道六拾九次之内 ・ 63
番場
きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち ばんば
The Sixty-nine Stations of the Kisokaido: Banba
番場宿の街道に、荷を積んだ馬や旅人が行き交う様子を描いた図です。両側に松が立つ通りの奥には茶屋や家並みが続き、背後には藍色の山がそびえています。通りを行き交う人々の動きから、宿場の活気が伝わります。
- 画家
- 歌川広重
- 制作年
- 天保6〜9年頃(1835〜38年頃)
- 技法・形式
- 木版画(浮世絵)
- 揃物
- 木曽海道六拾九次之内(全71図)
- 描かれた場所
- 番場宿(滋賀県)
作品に ついて
左手前の石垣のそばで、男たちが荷を積んだ馬を休ませています。通りの右には茶屋があり、店先の行灯や看板の前を旅人が歩きます。合羽を着て笠をかぶった男が手前に立ち、こちらへ向かって来るようです。通りの奥にも人と家並みが続いています。
左右に枝ぶりのよい松を配し、その間から奥へ続く通りを見せる構図です。左上の山は藍の濃淡で大きく描かれ、手前の家々の屋根の黄色と対比されています。松の幹の赤茶が、通りの両側でリズムを刻んでいます。
番場宿は近江国坂田郡の宿場です。江戸時代の初めに米原への切通しと米原港が開かれると、琵琶湖の舟に乗り換えて京へ向かう近道の分かれ道にもなりました。宿の近くの蓮華寺は、六波羅探題の北条仲時が一族とともに自害した寺として知られます。
広重の図です。朱印の番号は「六拾三」で、次の鳥居本の図にも誤って同じ番号が捺されています。宿場の通りを正面から見通すこの構図は、広重が中山道の宿場でたびたび用いたものです。
描かれた 場所の 今
番場宿は今の滋賀県米原市番場にあたり、宿場跡の石碑や「米原 汽車 汽船 道」と刻んだ明治の道標が残ります。蓮華寺には北条仲時ら一族郎党の墓があり、国の重要文化財の梵鐘を伝えています。宿場は戯曲『瞼の母』の舞台としても知られます。
どこで 見られる?
展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。
この作品を所蔵する館
- 東京国立博物館所蔵館の作品ページ(新しいタブで開きます)
東京都・台東区 作品番号 A-12499-131
海外の所蔵館
出典・参考
- ColBase(東京国立博物館): 木曽海道六拾九次之内 番場(新しいタブで開きます)(2026-10-19 確認)
- 国立国会図書館デジタルコレクション: 六拾三 木曽海道六拾九次之内番場(新しいタブで開きます)(2026-10-19 確認)
- Wikipedia: 木曽海道六十九次(新しいタブで開きます)(2026-10-19 確認)
滋賀県をもっと知る
姉妹サイトで、同じ土地の別の魅力も訪ねてみませんか。






