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秋田八郎潟
画像:Wikimedia Commons(作品ページ(新しいタブで開きます))/原資料:国立国会図書館デジタルコレクション(当サイトで縮小して掲載)。所蔵館の提供ではありません PD-Art (PD-Art-two, PD-Japan)(新しいタブで開きます) 拡大して見る

秋田八郎潟

あきたはちろうがた

Hachirōgata Lagoon, Akita

大正・昭和の新版画を代表する川瀬巴水が、秋田の八郎潟のほとりを夜の景色で描いた木版画です。大きな木の幹と社殿の向こうに、月明かりの湖と山並みがのぞきます。1927年の「旅みやげ第三集」の一図です。

制作年
1927年(昭和2年)
技法・形式
木版画(浮世絵)
描かれた場所
八郎潟(秋田県)

作品について

縦長の画面の手前に、太い木の幹がそびえ、枝が画面の上を覆っています。右には板張りの社殿らしい建物が建ち、地面には葉の茂った草が広がります。木の左側の奥には、青く沈んだ湖面と、遠くの低い山並みが見え、空には星がいくつか光っています。全体を深い青と緑でまとめ、夜の静けさを表しています。

木の幹や建物の板壁には、葉の影がまだらに落ちています。明るい月の光が差していることを、光そのものではなく影で感じさせる表し方です。左下の余白には「秋田八郎潟」の題と「昭和二年作」の年記が摺られ、右下に巴水の署名と印があります。

巴水は版元の渡辺庄三郎と組み、旅先で写生した風景を木版画にしました。「旅みやげ」はその代表的なシリーズで、第三集には秋田の田沢湖や男鹿半島、土崎なども収められています。国立国会図書館は、この作品を含む『川瀬巴水版画集』を所蔵し、インターネットで公開しています。

描かれた八郎潟は、当時は日本で2番目に大きな湖でした。昭和の干拓で大部分が陸地となったため、この絵は干拓前の湖畔の姿を伝える作品でもあります。

描かれた場所の今

八郎潟は秋田県の男鹿半島の付け根にあった湖です。1957年から約20年かけて干拓され、大部分は大潟村の田畑になりました。今は残った水域が八郎潟調整池などとして広がり、周りの土手からは干拓地の広い平野と男鹿の山々を見渡せます。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

出典・参考

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