肥前名護屋城図屏風
ひぜんなごやじょうずびょうぶ
Folding Screen of Nagoya Castle in Hizen Province
作品に ついて
六曲の屏風いっぱいに、海に突き出た丘陵の上の名護屋城と、そのふもとに広がる町並みが鳥の目から見下ろすように描かれています。中央上部には天守を中心にした本丸の建物群が並び、周りの丘には大名たちの陣屋が点々と続きます。左下の入り江には赤い船を含む何艘もの船が浮かび、手前には海と岩場が広がります。建物や道は細かな線で描き込まれ、城と町の配置がよくわかります。
名護屋城は、秀吉が文禄・慶長の役(1592〜98年)のために、現在の佐賀県唐津市鎮西町に築いた城です。当時は大坂城に次ぐ規模だったとされ、全国から大名が集まって陣を構え、城下には人と物があふれました。この屏風は文禄2年(1593年)夏頃の様子を描いたとされ、城と陣跡の研究に欠かせない資料になっています。
作者は狩野永徳の長男・狩野光信とされますが、下絵や写しである可能性も指摘されています。佐賀県の重要文化財で、名護屋城跡に建つ佐賀県立名護屋城博物館が所蔵しています。原本の展示は期間を限って行われます。
描かれた 場所の 今
名護屋城跡は唐津市鎮西町の玄界灘に面した丘にあり、国の特別史跡に指定されています。建物は残っていませんが、石垣や天守台の跡が広く残り、周辺には大名の陣跡も点在しています。屏風を所蔵する佐賀県立名護屋城博物館は城跡に隣接しています。
どこで 見られる?
展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。
この作品を所蔵する館
出典・参考
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