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名所江戸百景 五百羅漢さゞゐ堂
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

名所江戸百景 ・ 66

五百羅漢さゞゐ堂

めいしょえどひゃっけい ごひゃくらかんさざえどう

One Hundred Famous Views of Edo: Sazai Hall of the Five Hundred Rakan Temple

五百羅漢寺のさざえ堂の高い回廊から、本所の広い田畑を見渡した図です。回廊に立つ人々の目線で、江戸の東の郊外の広がりを描いています。郊外ののどかな田園の広がりを、静かな色で伝えています。

制作年
安政4年(1857)8月
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
名所江戸百景(全119図)
描かれた場所
五百羅漢寺(本所の旧地)(東京都)

作品について

画面の右には、さざえ堂の黄色い回廊と黒い屋根が大きく立ち上がり、回廊から人々が景色を眺めています。その下の道を、日傘を差した人々が歩き、左下には寺の建物の屋根が見えます。中ほどには緑の田畑が広がり、松や杉が点々と立ち、遠くに家並みが続きます。空には小さな鳥が飛んでいます。

淡い緑の田畑と空が画面を大きく占め、回廊の黄色と屋根の黒がその右を引き締めます。高い所から見下ろす視点で、田畑の広さを伝える構図です。

五百羅漢寺は本所の寺で、五百体の羅漢像と、らせん状の通路をもつ三層のさざえ堂で知られました。堂の上からの眺めは江戸の名所で、多くの人が登ったとされます。この寺は安政の地震でも被害を受けたとされ、この図はその後の姿を描いたものと考えられます。

夏の部の1図で、改印は安政4年8月です。北斎も「冨嶽三十六景」で同じ堂からの富士を描いていますが、この図では富士は見えず、広い田畑の景色を描いています。

描かれた場所の今

五百羅漢寺は明治時代に目黒へ移り、今も目黒区下目黒で羅漢像を公開しています。本所にあった寺の跡は江東区大島の住宅地になり、さざえ堂は残っていませんが、跡を示す案内板があるとされます。寺の羅漢像は東京都の文化財に指定されています。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

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出典・参考

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