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東海道五拾三次之内 亀山 雪晴
画像:Art Institute of Chicago(作品ページ(新しいタブで開きます))(当サイトで縮小して掲載) CC0(新しいタブで開きます) 拡大して見る

東海道五拾三次之内 ・ 47

亀山 雪晴

とうかいどうごじゅうさんつぎのうち かめやま ゆきばれ

The Fifty-three Stations of the Tokaido: Clear Weather After Snow at Kameyama

雪の晴れた朝、亀山城の京口門へ続く急な坂を、大名行列が登っていく図です。画面を斜めに二分する雪の崖と、朝焼けに染まる空の色の対比が、冬の朝の澄んだ空気を伝えます。

制作年
天保4〜5年頃(1833〜34年頃)
技法・形式
木版画(浮世絵)
揃物
東海道五拾三次之内(全55図)
描かれた場所
亀山宿(三重県)

作品について

雪をかぶった崖が画面を右上から左下へ斜めに切り、右半分を占めています。その急な坂を、大名行列の一行が列をなして登っていきます。崖の上には、亀山宿の西の入口にあたる京口門が描かれています。崖には雪をかぶった松が斜めに張り出し、その枝の間から行列の人々の笠や荷がのぞいています。門の手前には石垣も見えます。

左半分には、雪に覆われた家並みと野が低く広がっています。空は下から上へ、赤から白、そして藍へと移り変わります。白と灰色でまとめた雪景色の中で、空の色と、行列の人々に入れられた小さな彩りが目を引きます。崖の左手前には、葉を落とした木々の細い枝が、赤みを帯びた線で描かれています。

東京富士美術館は、この図を「蒲原 夜之雪」に次ぐ保永堂版の雪景色の代表作としています。夜の静けさを描いた蒲原に対し、亀山は雪の上がった朝の澄んだ空気を描いています。京口門は寛文12年(1672)に亀山宿の西の守りとして築かれ、門と櫓を備えた姿で知られていました。

描かれた場所の今

京口門は明治の初めに取り壊され、のちに橋が架けられて道の位置も変わったため、正確な場所はわかっていません。近くの梅巌寺の墓地に、門にともなう土塁の一部が残ります。亀山城跡には、三重県内で唯一城郭の石垣の上に残る櫓建築、多門櫓があります。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

この作品を所蔵する館

この揃物を所蔵する館(この図の所蔵は館のサイトでご確認ください)

出典・参考

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