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悲母観音
画像:Wikimedia Commons(作品ページ(新しいタブで開きます))/所蔵:東京藝術大学大学美術館(当サイトで縮小して掲載)。所蔵館の提供ではありません PD-Art (PD-old-auto), PD-Japan(新しいタブで開きます) 拡大して見る

悲母観音

ひぼかんのん

Merciful Mother Kannon

金色に輝く空に立つ観音が、水瓶から注ぐ霊水で、光の玉に包まれた赤子を見守る姿を描いた作品です。狩野芳崖が亡くなる直前に描き上げた絶筆で、近代日本画の出発点とされる重要文化財です。

制作年
明治21年(1888)
技法・形式
その他

作品について

画面の上方、雲の上に観音が立ち、右手の水瓶から細い水を垂らしています。その先には、透明な光の玉に包まれた赤子が浮かび、観音を見上げています。左手には柳の枝を持っており、楊柳観音(柳の枝を持つ観音)の姿をとっています。画面の下には切り立った岩山がのぞきます。

画面全体に金泥(金の粉を膠で溶いた絵具)と金砂子が使われ、色を薄く何度も重ねて描かれています。観音の衣や装身具は細い線で緻密に描かれ、その線の美しさが見どころです。観音が赤子に霊水を注ぐ図は、これより前には見られない芳崖の創意と考えられています。

狩野芳崖は長門国(今の山口県)の狩野派の家に生まれました。フェノロサや岡倉天心と出会い、新しい日本画を模索します。東京美術学校の教官に任命されましたが、1888年11月5日、本作を描き上げた4日後に亡くなり、開校を見ることはありませんでした。

完成直前に亡くなったため、本作には落款がありません。「悲母観音」という題も、のちに付けられたものです。東京藝術大学が所蔵し、1955年に重要文化財に指定されました。

どこで見られる?

展示は時期によって入れ替わります。訪れる前に、各館の展示情報を確かめてください。

出典・参考