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うたがわさだひで・1807年生まれ。明治初期(1870年代)に没(没年は諸説あり)

歌川貞秀

幕末から明治初めに活躍した浮世絵師です。五雲亭と号し、開港した横浜を描いた横浜絵や、広い土地を空から見下ろすように描いた鳥瞰図で知られます。

歌川貞秀は文化4年(1807)、下総国の布佐(現在の千葉県我孫子市)に生まれたとされます。浮世絵師の歌川国貞(のちの三代豊国)に入門し、はじめは美人画や、合巻と呼ばれる絵入りの読み物の挿絵などを手がけました。号は五雲亭のほか、玉蘭斎などを名のっています。

安政6年(1859)に横浜が開港すると、外国人の暮らしや町のにぎわいを描いた横浜絵を数多く手がけ、この分野を代表する絵師となりました。また、町や地方の全体を高い所から見下ろす鳥瞰図を得意とし、地名の札を書き込んだ、地図のように見て楽しめる風景画を残しています。慶応3年(1867)のパリ万国博覧会には、浮世絵師を代表して作品を出しました。

明治元年(1868)頃には、各地の城下町や名所を鳥瞰図で描いたシリーズ「大日本国郡名所」を出しています。亡くなった年ははっきりせず、明治の初め(1870年代)とされます。

歌川貞秀の作品