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たわらやそうたつ・生没年不詳(17世紀前半に活躍)

俵屋宗達

江戸時代初めの京都の絵師です。絵屋「俵屋」を営み、本阿弥光悦との合作などで、大和絵を大胆な構図に生まれ変わらせました。「風神雷神図屏風」で知られ、琳派の祖とされます。

俵屋宗達は、生まれた年も亡くなった年もはっきりしない絵師です。「俵屋」は屋号で、扇や色紙、屏風などの絵を描いて売る絵屋を京都で営んでいたと考えられています。書や陶芸、漆工にすぐれた本阿弥光悦と組み、光悦が和歌を書く料紙に、金や銀の絵具で鶴や草花の下絵を描きました。

やがて宗達は、宮中や寺院からも注文を受けるようになり、寛永7年(1630)ごろには、僧や絵師に与えられる「法橋」の位を得ていました。京都の養源院には、宗達が描いた杉戸絵の白い象や唐獅子が残っています。濃い色が乾かないうちに別の色や水を垂らしてにじませる「たらし込み」という技法も、宗達が編み出したとされます。京都・建仁寺の「風神雷神図屏風」(国宝)は、金地の両端に風神と雷神を置き、中央を広く空けた大胆な構図で知られます。

静嘉堂文庫美術館の「源氏物語関屋澪標図屏風」(国宝)は、『源氏物語』の「関屋」と「澪標」の場面を左右の屏風に描いた作品です。寛永8年(1631)に京都の醍醐寺に納められたことが記録からわかっています。牛車や松、波を大きく単純な形で配し、物語絵を見る人の目を引く装飾画に仕立てました。宗達の画風は、のちに尾形光琳へ受け継がれます。

俵屋宗達の作品