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まつもとしゅんすけ・1912〜1948年

松本竣介

岩手で育ち、東京の街と人を静かな色調で描いた洋画家です。1941年に軍部の美術への干渉に抗う文章「生きてゐる画家」を発表したことでも知られます。

松本竣介は1912年に東京で生まれ、2歳で岩手県の花巻へ、10歳で盛岡へ移りました。盛岡中学校に入学した直後に病気で聴力を失い、兄から贈られた油絵の道具をきっかけに絵を描き始めます。1929年に中学を中退して上京し、太平洋画会研究所で学びました。耳が聞こえない中で、言葉や文章による表現にも力を注いだ画家でした。

1936年に松本禎子と結婚して松本姓となり、夫婦で雑誌『雑記帳』を発行しました。青みがかった色調の中に、ビルや橋、駅、行き交う人を重ねた都会の風景が代表的な主題です。1941年には美術雑誌『みづゑ』に「生きてゐる画家」を書き、画家の立場から意見を述べました。

戦中から戦後にかけて「Y市の橋」などの作品を描き続けましたが、1948年に36歳で亡くなりました。岩手県立美術館には松本竣介の名を冠した展示室があり、「有楽町駅附近」(1936年)などを所蔵しています。

松本竣介の作品